14. 期間限定、模様に関しての担当授業



自分の作業を終えて
アトリエに模様・柄をさげて、眺めてみました。



もう1つの使うための模様は、柄に合わせてパリっとゆったりと夏らしい大きめなトップスがいいかなと作りました。学生に着てもらいたかったのですが、コロナ禍で叶わず娘に着せています。



眺めるための模様と使うための模様を比べ、どう違うのか。違わないよ一緒だよと思っていたのですが、生地を掛ける部屋、空間に添えるのと、それを着た人が街を歩るく風景を想像するのと、やはり少し違うように感じます。

切り取らずに飾る、切り取って使う、それぞれ作用の違いの問題なのでしょうか?運動の「作用反作用の法則」というのがありますが、これを体育会系の出来事として、文化系に変換すると?など、もう少し考えてみたいと思います。

話が飛ぶようですが、マリメッコが日本国内で展開するにあたって、初動の4年弱お仕事に携わった際、国内用にSHOP BAGなどの包装材をはじめ視覚情報を中心にデザインを担当しました。お仕事の内容と言えば、既にフィンランドにあるもの無いものを、日本人が使いやすいようにデザインする、というより整えたというような作業です。作るにあたりどんなものがあるのかと、商品以外も多くを見させてもらいました。そのとき、面白いなと強く思ったことがありました。

それは、柄などテキスタイルデザインや洋服のデザインが面白いということは元より、マリメッコの洋服などカタチになったものは、写真の中でしか存在しなくなって過去のものになってゆき、一方、その洋服に使われていた柄・テキスタイル生地は、今に残り色を変え再び時代を飾る。ということにとても感心をしたことです。

再三、音楽に例えているけど残っていくものは、クラシック音楽から今に至るようなコンテンポラリーミュージック。もう一方、時代ごとに消えてゆくものはポップミュージックのようです。クラシック音楽も最初からクラシックだったわけじゃないし、ポップミュージックも聴き続けられることでコンテンポラリーにクラシックに変わります。