7. 期間限定、模様に関しての担当授業



模様をどう使うか
模様を作るにあたって手で描くことと並行に、その模様をどう使うか?までを考えてもらい目的を求めていました。できた曲をちゃんと聴いてもらうような感じ、どこで歌いたいか、どこで聴きたいか、どう消費してもらうか?視座があるとデザインにぐっと近くなると感じます。

その回答、学生からは、アパレルからインテリアなど着地点は幅広く、果ては理解できない宇宙のような模様を作る、というのまであってとても面白い。客観的に言えば、突散らかしていてみんなバラバラな方向を向いていて、学生から提出されるものにトーン&マナーを考えて全体を揃えたくなるけど、社会に出たとき複数人で柄を揃える制作なんてあまりないし、まずは自分の模様作りをしてもらうよう指南します。

自分の場合は、柄を作るときいつも目的があって「これはバッグの柄にしよう」と完成イメージがあって作っています。今回僕は、学生に混じって作るにあたって、いつもと違えてテキスタイルデザイナーのように目的化させずに柄を作りたいと思います。



そう、いつも思うことがあります。テキスタイルデザイナーに写真家も多いけど、描いたり撮ったりした後にそれをどう使うか、どう観るかは、使う人観る人に委ねるというお仕事の仕方、これはこれで健全。でもこれは、デザインではなくアートの風景のように思います。

描く人、撮る人、それを売る人、という分業化が現代社会にリアルなことだけど、はじめからそう細分化させずに多面的な側面のいろいろを知った上で、一面を知るのがいいように感じます。

それで今回自分では、そのスタンスでアートのポジションで、すなわちどう使ってもらうかは委ねる模様、柄づくりをしてみます。なんのステートメントだよ、、という感じですが、アートへの嫉妬や憧れの表れです。

ふと思いました。描いたり作ったりすることを1ターム、それをどう見せたりどう売るかを、もう1ターム。2タームで1セット、描く人売る人に分かれ次に交代し、その余白をそれぞれ客観的に面倒みるような仕事のトライアル、という実験も面白そう。

作るより売ることの方が難しいと思うに至ったからなのだけど、伝えることの難しさは、作ることだけでは解決できないとも言えるかも、という想像から出たトライアルです。

自分も例に漏れずそこに含まれます。美術制作分野の弱点だと思います。